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東京地方裁判所 平成4年(ワ)22540号 判決 1994年7月21日

原告 共立建設株式会社

右代表者代表取締役 吉田邦男

右訴訟代理人弁護士 千葉睿一

被告 山一ファイナンス株式会社

右代表者代表取締役 人見悠紀夫

右訴訟代理人弁護士 田中慎介

久野盈雄

今井壯太

安部隆

補助参加人 株式会社宮城産商

右代表者代表取締役 佐々木勲

右訴訟代理人弁護士 近藤節男

園高明

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告に対し、金一一億円及びこれに対する平成三年四月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  仮執行の宣言

第二事案の概要

一  本件は、原告が補助参加人から建物建築工事の発注を受け、補助参加人がその請負代金の一部を被告から融資を受けることになっていたところ、原告、補助参加人及び被告の三者間において、右融資金を被告が直接原告の口座に振込送金し、右請負代金の支払に充当する旨の代理受領ないし振込指定の合意が成立したにもかかわらず、被告が原告に無断で融資金の一部を補助参加人の口座に振込送金したため、原告が請負代金を回収することができなかった等として、被告に対し、債務不履行ないし不法行為に基づく損害賠償を請求しているものである。

主たる争点は、代理受領ないし振込指定の合意が成立したと認められるか否かであり、これに関する振込依頼書の趣旨、意義内容をどのように理解するかにある。

二  争いのない事実等(特に断らない限り争いがない。)

1  原告は、建築請負を業とし、被告(旧商号は山一総合ファイナンス株式会社。現商号は平成二年一二月一日からである。)は、金融を業とする会社である。

2  原告は、平成元年一〇月五日、補助参加人との間において、請負代金三〇億九〇〇〇万円、着工同日、完成引渡し平成三年三月三一日、代金支払方法、第一回目同年一一月三〇日現金三億円、第二回目平成二年五月三一日現金七億円、第三回目同年一一月三〇日現金五億円、第四回目平成三年三月三一日現金一一億円、約束手形(三六か月毎月均等分割払)四億九〇〇〇万円の授受という約定で、宮城県鳴子温泉所在の横屋ホテル新築工事請負契約を締結した(以下「本件請負契約」という。)(原告と被告の間では、原告と補助参加人が本件請負契約を締結したことは争いがなく、その余の事実は≪証拠省略≫によって認められ、原告と補助参加人の間では、争いがない。)。

3  補助参加人は、本件請負代金のうち二六億円を被告から融資を受ける予定であったので、原告は、平成元年一〇月五日、補助参加人との間において、原告が本件請負工事が完成するまでの間、被告と補助参加人間の金銭消費貸借契約(融資)について連帯保証人になること、融資金二六億円は被告から直接原告の口座に振り込むことを合意した(原告と補助参加人の間では争いがなく、原告と被告の間では、≪証拠省略≫によって認められる。)。

4  原告及び補助参加人は、平成元年一〇月五日、振込依頼書(≪証拠省略≫。以下「本件振込依頼書」という。)を被告に差し入れた。本件振込依頼書には、本件請負代金支払のための融資金については、原告の岩出山町農業協同組合普通預金口座(以下「原告の口座」という。)に振り込んでほしい旨が記載され、なお書きとして、「なお、発注者と受注者との特約により上記振込みをもって発注者は上記融資金を受領したものとし、この振込依頼は発注者及び受注者の双方の同意の上でなければこれを解除、または変更できないことを確約しておりますので、上記お振込み以外のいかなる方法によってもお支払いなきようお取計らい下されたく、連署をもってお願い申し上げます。」と記載されている(以下「本件なお書き」という。)。これに対して被告は、本件振込依頼書の奥書の「上記の件承諾しました。」の欄に同月六日付けで記名押印し、右依頼を承諾した(ただし、右承諾の趣旨及び意味内容については、後記のとおり当事者間に争いがある。)。

5  被告は、同年一一月三〇日、補助参加人との間において、本件請負代金支払のために補助参加人に対して合計二六億円を融資すること、右融資金は、原告と補助参加人の本件請負契約の前記代金支払方法に合わせて、第一回目の同日三億円、第二回目の平成二年五月三一日七億円、第三回目の同年一一月三〇日五億円、第四回目の平成三年三月三一日一一億円をそれぞれ融資することを約束した。そして、原告は、平成元年一一月三〇日、被告に対し、補助参加人の右債務について連帯保証することを約束した。

6  被告は、補助参加人に対し、第一回目三億円、第二回目七億円及び第三回目五億円の各融資金を、約定通り原告の口座に直接振込送金して融資した。しかし、第四回目の融資金一一億円については、被告、補助参加人及び補助参加人代表者の佐々木勲との間において、平成二年一二月二〇日付け覚書により、一一億円を同日三億円、平成三年三月三一日八億円の二回に分割して融資することとし、補助参加人の太平洋銀行若松町支店の預金口座(以下「補助参加人の口座」という。)に振り込むことを合意し、即日三億円を補助参加人の口座に振込送金して融資したが、さらにその後平成三年三月二六日付け覚書により、同月二八日に残金八億円のうち五億円を融資し、残金三億円は別途協議することを合意し、同月二八日五億円を補助参加人の口座に振込送金して融資し、最終の三億円を同年五月二四日補助参加人の口座に振込送金して融資した。

以上のとおり、被告が融資金一一億円を原告の口座に振込送金しないで、補助参加人に対して右のとおり分割して振込送金した結果、原告は、右一一億円を受領することができなかった。

7  本件請負工事は、本件請負契約による完成引渡し日の平成三年三月三一日には完成せず、同年四月二二日にようやく完成引渡しがされ、同月二六日にオープニングセレモニーが行われた(原告と補助参加人の間では争いがなく、原告と被告の間では、証人大嶋房雄、同相馬新一の各証言によって認められる。)。

三  原告の主張

1  本件請負契約においては、請負代金は、確定日に確定金額を支払う確定払の約定であり、いわゆる出来高払の約定ではなかった。

また、被告と補助参加人の間における二六億円の融資の合意は、諾成的金銭消費貸借契約に当たるものであり、被告は、補助参加人に対して融資を実行すべき法律上の義務がある。

2  平成元年一〇月五日、本件振込依頼書を原告及び補助参加人が被告に差し入れ、被告が承諾欄に記名押印して承諾したことにより、右三者間において、被告の補助参加人に対する融資金二六億円は、原告の本件請負代金の支払に当てるために、直接原告の口座に振込送金する旨の明示又は黙示の合意が成立したものである。すなわち、

原告は、同日、補助参加人との間において、代金三〇億九〇〇〇万円の本件請負契約を締結し、補助参加人がそのうち二六億円について被告から融資を受けるため、補助参加人及び被告の求めに応じて、工事完成保証に代えて本件建物の完成引渡時までの間、補助参加人の被告に対する融資金二六億円の債務について連帯保証した。そして、同日、原告と補助参加人は、本件請負代金が確実に支払われるように確保するため、被告の補助参加人に対する融資金二六億円については、直接原告の口座に振込送金してもらって支払に当てることにし(いわゆる振込指定であるが、代理受領と基本的な法的性質は同じである。)、本件振込依頼書を被告に差し入れてその承諾を求めたところ、被告は、同月六日、これを承諾した。

原告が本件請負代金の支払を確保するため、融資金を原告の口座へ直接振込指定するものであることを被告が知った上でこれを承諾し、三者間において合意が成立した事実は、本件振込依頼書が被告によって作成され、被告が原告及び補助参加人に対してこれを提示し、原告と補助参加人がこれに記名押印して被告に差し入れ、被告が本件振込依頼書(≪証拠省略≫)の奥書の承諾欄に記名押印したこと、融資金二六億円のうち第一回目から第三回目までは、本件振込依頼書記載のとおりの融資金が被告から原告の口座に振込送金されたこと、被告から、原告に対して、本件振込依頼書の本件なお書きの記載について、承諾できない旨の通知は全くなかったこと、被告の所持する本件振込依頼書(≪証拠省略≫)には、被告代表者の承諾印が押印されていること、補助参加人は、右被告代表者の承諾印のある本件振込依頼書を受領したことからも明らかである。

仮に、被告が原告に対して右のような振込指定を承諾しておらず、三者間において振込指定の合意が成立したとは認められないとしても、被告が補助参加人に対し、融資金二六億円を第三者である原告の口座に振込送金することを約束して振込指定の合意をし、原告が被告に対して受益の意思表示をしたものということができるから、原告は、右第三者のためにする契約により、被告に対して融資金の振込送金を受けるべき権利を取得した。

3  したがって、被告は、原告に対し、補助参加人への融資金一一億円を原告の口座に振込送金すべき契約上の義務を負っているにもかかわらず、右義務に違反して、前記争いのない事実等記載のとおり、融資金一一億円を補助参加人の口座に分割して振込送金したものであるから、これは被告の債務不履行である。

4  仮に、被告が右契約上の義務を負っていないとしても、被告は、補助参加人と共謀して、本件振込依頼書により、平成三年三月三一日の本件建物完成引渡し時の代金支払を確保するため、融資金一一億円は原告の口座に振込送金するものであることを知悉していたのに、融資金の支払について利害関係があり、かつ、二六億円の債務について連帯保証している原告に対して一切確認しないまま、平成二年一二月二〇日付け覚書で、補助参加人及び佐々木勲との間において、融資金一一億円を横屋ホテル新築工事に係る本件請負代金ではなく、他の追加工事の請負代金支払に流用するために分割して補助参加人の口座に振込送金する旨の変更合意をした上、分割して振込送金を実行したものであって、その後補助参加人が本件建物の所有権保存登記をし、次いで原告から本件建物の完成引渡しを受けた際にも、右振込送金の変更については、原告に一切知らせなかった。このような被告及び補助参加人の行為は、原告に対する詐欺ともいうべき不法行為である。

5  よって、原告は、被告に対し、債務不履行ないし不法行為による損害賠償請求として、一一億円及びこれに対する履行期の翌日である平成三年四月一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

四  被告の主張

1  被告は、平成二年一二月二〇日付け覚書で、補助参加人及び佐々木勲との間において、平成三年三月三一日実行予定であった融資金一一億円については、平成二年一二月二〇日三億円、平成三年三月三一日八億円に分割して融資すること、右融資金は補助参加人の口座に振込送金することを合意し、即日三億円を補助参加人の口座に振込送金して融資したが、右振込先の変更については、補助参加人が事前に原告の承諾を得ていた。

さらに、被告は、平成三年三月二六日付け覚書で、補助参加人及び佐々木勲との間で、前記八億円については、同月二八日五億円を融資し、残り三億円は別途協議する旨を合意し、同月二八日五億円を補助参加人の口座に振込送金して融資した。

補助参加人は、同年四月九日本件建物の所有権保存登記をし、同月二六日本件建物の完成引渡しを受けた。被告は、同年五月二三日、補助参加人との間において、極度額四三億円の根抵当権設定契約を締結して、同日設定登記をし、翌二四日、最終の三億円を補助参加人の口座に振込送金して融資した。

しかし、原告は、補助参加人が和議の申立てをした後の平成四年八月二五日に至るまで、被告に対し、融資金一一億円の振込送金に関して確認したり、振込先を補助参加人口座に変更したことについて異議の申立てをしなかった。また、原告は、融資金一一億円が本件請負残代金の決済に当てられないことを了承した上で、補助参加人振出の約束手形を受領して本件請負残代金の決済に当てた。したがって、原告は、振込先の変更について承諾していたものである。

2  本件振込依頼書は、被告が自己の融資手続の必要上起案して作成したもので、被告が補助参加人に対して融資する際、補助参加人の口座に直接振込送金しないで、原告の口座に振込送金することによって、補助参加人に対して融資したことにする目的で代理受領(特に断らない限り、原告のいう振込指定の趣旨も含む。)の形式を採って作成したもので、あくまで融資実行手続の必要から作成したものである。したがって、本件振込依頼書は、原告の補助参加人に対する本件請負代金の支払を担保する目的で作成されたものではない。そのため、原告は、本件振込依頼書の作成には全く関与しておらず、本件振込依頼書を作成した当時から現在まで、被告が保管している。

本件振込依頼書の奥書「上記の件承諾しました。」の部分は、本件なお書きについて承諾したものではなく、本文すなわち、原告の口座に振り込むという補助参加人の依頼を承諾したものである。また、本件なお書きは、原告の利益を保護するためではなく、融資金の支払方法を補助参加人と原告が勝手に変更したことを知らずに、被告が融資金を原告の口座に振込送金した場合に、補助参加人から融資金を受領していないと主張されないために記載されたもので、被告の利益を守るためである。

3  原告は、被告の債務不履行をいうが、たとえ債権担保のため代理受領(振込指定を含まない。)の形式を採ったとしても、代理受領においては、受任者は委任者から契約上の権利を取得するものではないから、委任者に代わって自らの権利として第三債務者に対して契約上の権利を請求することはできない。まして、金銭消費貸借契約は要物契約であって、委任者(補助参加人)が第三債務者(被告)に対して融資金の交付を請求する権利はないから、第三債務者たる被告の補助参加人に対する融資義務の履行としての債務の弁済ということはあり得ない。

代理受領(振込指定を含まない。)の場合は、受任者が直接債権の取立及び受領について代理人となるが、振込指定の場合は、単に債務の弁済としての金員を振込指定された口座に振り込んで支払うというものであって、支払方法の特約に過ぎないから、振込送金を受ける者は、振込者に対して何ら権利を有しない。

本件振込依頼書における被告の承諾は、補助参加人に対して原告の口座に振込送金することを承諾したものであって、被告が原告に対し、融資金を原告の口座に振り込むことを約束したものではないから、被告及び原告間には何ら契約関係が存在しない。したがって、被告がその後補助参加人との間で振込先の変更合意をし、これに基づいて融資金を補助参加人の口座に振込送金したことが、原告との関係において、債務不履行になるいわれはない。

4  さらに、原告は、被告の不法行為をいうが、本件振込依頼書は、前記のとおり原告の本件請負代金の支払を担保する目的で作成されたものではなく、被告の融資手続上の必要から作成されたものであり、原告が代理受領によって保護されるべき法的な権利利益は存在しないから、補助参加人の口座への振込送金が不法行為となる余地はない。また、前記のとおり金銭消費貸借契約は要物契約であるから、分割融資を受ける予定の補助参加人には、被告に対して融資を請求する権利はなく、せいぜい将来融資を受けられると期待することはできても、これは法的な権利ではない。いわんや原告が被告に対して何らかの権利を取得するものではない。

代理受領(振込指定を含まない。)ないし振込指定を、受任者の委任者に対する債権担保の手段として利用する場合は、必ずその旨を書面上明示しなければならない。また、振込指定の場合は、その依頼書及び念書がワンセットになって作成されるのが通常の扱いである。本件では、原告と補助参加人の間で振込指定の念書は作成されておらず、かつ、本件振込依頼書には、原告のための担保目的であることが明示されていない。したがって、本件振込依頼書は、原告の債権担保のために作成されたものではない。

五  補助参加人の主張

1  本件振込依頼書は、被告が主張するように、被告の融資実行の必要から、被告の求めにより、被告と補助参加人が協議して作成したものであり、原告は、当初から作成に関与していない。したがって、本件請負代金債権を確保するための担保として作成されたものではなく、代理受領の趣旨を含むものではない。原告と補助参加人の間で、本件なお書きについての特約は締結されていない。代理受領の趣旨であれば、二通の振込依頼書を作成し、第三債務者の記名押印を受けた上、債権者、債務者双方が各一通を保管することになるが、本件ではそのような扱いはされていない。原告主張のように担保の趣旨であれば、被告が記名押印した本件振込依頼書の原本は、原告が保管しているはずであるが、原告提出の本件振込依頼書には、被告の記名押印がないものである。本件振込依頼書は、あくまで振込先指定の依頼の趣旨で作成されたもので、原告から本件振込依頼書を引き渡すことの要求はなかった。本件振込依頼書によっても、原告、補助参加人及び被告の間には何ら合意は成立していないから、補助参加人が被告との間で振込先を変更するに当たって、原告の了解を得る必要はない。

2  補助参加人は、本件建物の完成引渡しを受けた後、いわゆるバブル経済の崩壊によって本件請負残代金を支払うことができなくなったので、担当者が平成三年六月二六日、原告担当者と面会し、被告から受ける予定であった融資金は補助参加人が受領したこと、原告に対して直ちに支払をすることが困難なので、約束手形で支払をさせてほしいと要請したところ、原告担当者は、これを了承した。したがって、原告は、振込先の変更を承諾していたものである。

第三当裁判所の判断

一  原告は、被告が融資金を補助参加人の口座に振込送金したのは、原告に対する債務不履行ないし不法行為に当たる旨主張する。

一般に代理受領といわれるものは、銀行等の債権者が債権の保全を図るための手段として、債務者が取引先の第三債務者に対して有する債権についてその受領権限の委任を受けて第三債務者から取り立て、債務者に対する債権の弁済に充当する方法を指すものである。また、いわゆる振込指定は、銀行等の債権者が取引先に対して融資する際、右融資先が第三債務者に対して有している債権に担保権を設定するのに代えて、第三債務者が取引先に負っている債務の支払方法を、債権者における取引先の特定の預金口座へ振込送金することに限定し、右振込送金に係る金員を引当にして債権の回収を図るもので、銀行実務において利用されている債権担保の手段である。代理受領も振込指定も、その実質は、いずれも債権者の債権担保の手段であり、共通する側面があるということができる。そして、代理受領ないし振込指定が、債権者、債務者及び第三債務者間の合意として成立するためには、少なくとも、それが債権者の債権担保のためであることが明示されていること、債務者が第三債務者に対して債権を有すること、第三債務者は債権者に対して指定された方法のみによって支払うことが義務として明示されていることが必要であると考えられる。

そこで、先ず、本件の経過についてみるに、前記争いのない事実等に、≪証拠省略≫、証人大嶋房雄、同八尋茂信、同金子育生、同佐藤好則、同小田倉昭、同相馬新一の各証言及び原告代表者尋問の結果並びに弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

1  補助参加人は、平成元年九月下旬ころ、かねてから融資を受けていた被告に対し、横屋ホテルの新築工事を、受注者を原告とし、請負代金総額を三〇億九〇〇〇万円として計画しているが、ついてはそのうち二六億円を被告から融資してほしい、との申し出をした。そこで、被告は、検討の結果、融資に応じることとしたが、その前提として、受注者の建物完成保証書(受注者が被告に対し、発注者が請負代金の支払をしない場合にも、受注者が建物請負工事を完成させて被告に引き渡し、被告において抵当権が設定できる措置を講じることを約束するもの)及び被告の担保設定を円滑に行うため、受注者に対して直接被告の融資金を支払う旨の振込依頼書の二通の書面を、受注者及び補助参加人から徴求する必要があると判断し、その旨補助参加人に伝え、そのころ、被告担当者が補助参加人及び原告担当者に会った際にも、この点の説明をしたところ、原告担当者は、右説明を了解したほか、被告担当者に対し、補助参加人が従来から融資金の債務については受注者に連帯保証してもらう方法を採っていたことから、補助参加人に対する融資金二六億円の債務についても原告が連帯保証することを検討する旨述べた。

2  そこで、被告は、同月二九日、社内稟議を経て二六億円の融資実行を決定し、原告を連帯保証人とする金銭消費貸借契約書、建物完成保証書及び本件振込依頼書を起案して準備し、補助参加人に交付した。一方、原告は、社内で検討した結果、建物完成保証書の差入れは困るし、連帯保証責任は建物完成引渡しと同時に免除してもらう必要があるとの結論になり、そのころ、被告に対してその旨伝えた。被告は、これについて検討したが、建物完成保証書の差入れよりも、建物完成引渡しまでの連帯保証の方がより責任が重いことから、これを承諾することに決定し、原告及び補助参加人にその旨伝えた。

3  同年一〇月五日、原告が連帯保証した被告と補助参加人間の二六億円の金銭消費貸借契約証書(≪証拠省略≫)、本件振込依頼書(≪証拠省略≫)及び覚書(≪証拠省略≫)が、いずれも原告及び補助参加人が記名押印した上で被告に届けられた。被告は、その後本件振込依頼書(≪証拠省略≫)の奥書の承諾欄に記名押印した。

本件振込依頼書には、前記争いのない事実等記載のとおりの文言が記載されているが、本件振込依頼書は被告が起案したものである。本件振込依頼書において、融資金を原告の口座に振込送金することにしたのは、いったん補助参加人に振込送金した後、補助参加人から更に振込送金すると二重の手間がかかること及び被告としては、補助参加人と原告が希望した原告の口座に振込送金しても、補助参加人への融資としての効力がある以上、特に問題はないと判断したことによる。ただし、補助参加人と原告が、被告の不知の間に振込先を補助参加人の口座に変更して、被告による原告の口座への振込送金を否定するような事態の発生は防止する必要があった。また、補助参加人と原告が、双方の同意がなければ振込先の変更ができないことを約束し、被告に対して右約束したことを伝えて補助参加人に支払うことのないよう取計らってほしいと依頼し、その理解と協力を要請したので、被告が右申し出を承諾し、振込先について双方に協力することを明らかにする必要もあった。しかし、補助参加人は、被告から順次融資を受けることを期待している立場に過ぎず、積極的に融資を要求し得る立場にはなかったから、被告の原告の口座への振込送金は、被告がその意思決定で順次融資に応じることを決定した場合に、初めて期待し得るものに過ぎない(この意味では本来の代理受領ないし振込指定とは性質が異なる。)。したがって、三者間で原告の債権確保の目的から、振込先を原告の口座のみに限定し、被告もこれに拘束される内容の合意が成立したものということはできない。

ちなみに、原告は、本件振込依頼書の作成には終始全く関与しておらず、原告が被告ないし補助参加人に対して、本件振込依頼書のような書面あるいは原告の代理受領ないし振込指定の趣旨を明確にした書面の作成を要請したり、被告の記名押印のある本件振込依頼書の交付を要求した事実はない。原告は、その当時、本件請負代金の支払について全く不安を感じておらず、その支払を確保するために、代理受領や振込指定の文言を明示した書面を作成する必要性を認識していたことを推測し得る事実はない。

4  被告は、同年一一月三〇日に第一回目三億円を、平成二年五月三一日に第二回目七億円を、同年一一月三〇日に第三回目五億円を、いずれも原告の口座に振込送金して融資した。その間本件請負工事が次第に遅れ気味になり、心配した補助参加人は、機会ある毎に督促していたが、被告から第一回目から第三回目までの融資金は予定通り振込送金された。

補助参加人は、同年一一月、被告に対し、横屋ホテル別館、社員寮の改装工事及び当座の運転資金等のために八億円が必要になったので、前記二六億円とは別途に追加融資を受けたい旨申し入れたが、被告の融資条件を充たさなかったため、その代わりとして、原告及び他業者が請け負っている別館及び社員寮の改修工事等のために、二六億円のうち平成三年三月三一日融資予定の第四回目融資金一一億円のうち三億円を前倒で融資するよう申し入れたところ、被告は、これを承諾した。そこで、補助参加人担当者は、同年一二月中旬、被告担当者に対し、融資金は原告ではなく、補助参加人の口座に振込送金してもらいたい旨申し出、被告も、これを承諾した。この当時、補助参加人も被告も、振込先の変更について、原告の承諾が必要であるとの認識はなかったので、原告には了承を得ていない。

同月二〇日、被告は、補助参加人及び佐々木勲(同代表者)との間において、同日付け覚書(≪証拠省略≫)を作成し、融資金一一億円については、更に分割融資することとし、第四回目の融資金一一億円は、同日に三億円を、平成三年三月三一日に八億円をそれぞれ融資する、融資金一一億円は、補助参加人の口座に振込送金することを約束した。そこで、被告は、三億円を補助参加人の口座に振込送金した。

平成三年三月下旬、補助参加人は、被告に対し、残りの融資金八億円のうち五億円について前倒の申し出をしたところ、被告から原告の建物引渡書等を差し入れるよう指示されたので、その旨原告に連絡して、原告から建物引渡書等を受領し、被告にファックスで送信した。

同月二六日、被告は、補助参加人及び佐々木勲との間において、同日付け覚書(≪証拠省略≫)を作成し、融資金八億円については、同月二八日五億円を融資し、残金三億円については、別途協議することを約束した。そこで、即日、五億円を補助参加人の口座に振込送金した。補助参加人は、同年四月九日、本件建物の所有権保存登記をし、同月二六日、本件請負残代金の支払が済んでいないことを承知している原告から、本件建物の完成引渡しを受けた。

最終の融資金三億円は、補助参加人の要請により、同年五月二四日、被告が補助参加人の口座に振込送金して実行した。このときも、原告の了承は得ていない。

5  補助参加人は、平成三年六月二六日、原告に対し、本件請負残代金の一部として、多数の約束手形(額面合計一〇億九二九九万三六〇二円)を交付し、同年一二月二五日、別館工事代金及び本件請負残代金として、多数の約束手形(額面合計一〇億七四一〇万円)を交付したが、後記のとおり和議手続が開始された。

6  融資金一一億円の当初の振込送金の時期であった同年三月三一日が経過した後も、原告からは、特段異議の申し出はなく、補助参加人に対する振込送金について問合わせがあったのは、翌平成四年七月以降であった。同年八月下旬、原告担当者が被告に赴き、原告が本件請負残代金の支払のために補助参加人から約束手形を受領していることを明らかにした上、原告、被告及び補助参加人間において代理受領の合意をしているのに、なぜ被告と補助参加人間で振込送金の変更をしたのか、その際に原告に連絡がなかった理由は何か等について質問や抗議があった。

なお、補助参加人は、平成四年六月、横浜地方裁判所に和議開始の申立てをし、平成五年六月、同開始決定がされ、同年一〇月、和議が認可された。和議条件は、債権元本の五〇パーセント及び利息損害金全額を免除するというものである。

二  原告の債務不履行の主張について判断するに、原告は、本件振込依頼書の本件なお書き及び被告の承諾によって、原告、被告及び補助参加人の三者間において、原告の口座に限定する振込指定の合意が成立した、仮に、右合意が認められないとしても、原告は、第三者のためにする契約により、被告に対して融資金を原告の口座に振込送金すべき権利を取得したと主張する。

しかし、本件なお書き及び被告の承諾の意味は、前記認定のとおりであって、本件振込依頼書は、被告の必要から作成されたもので、原告の補助参加人に対する本件請負代金債権を担保することを目的として作成されたものと認めることはできないし、振込先についての被告の義務が書面上明確に記載されているとも認められない。したがって、三者間で代理受領ないし振込指定の合意が成立したと認めることも、また、原告、補助参加人間で第三者のためにする契約が成立したと認めることもできない。せいぜい原告と補助参加人の申し出を、被告が了解し、これに協力する意思を表示した程度のものに過ぎず、したがって、被告としては、これに何ら拘束されるものではなく、補助参加人の口座に振込送金しても法的には義務違反にはならないと考えられる。

したがって、原告の債務不履行の主張は採用することができない。

三  原告の不法行為の主張について判断するに、原告は、被告と補助参加人が共謀して不法行為を行ったと主張する。

一般に債権者の債務者に対する債権を担保する目的で、債務者が第三債務者に対する債権の代理受領を債権者に委任し、第三債務者が債権者に対し右代理受領を承認しながら、債務者に債務を支払ったために、債権者が債権の満足を得られなかった場合において、第三債務者が右承認の際、担保の事実を知っていた等の事情があるときは、第三債務者は、債権者に対して不法行為責任を負うものと解される。この理は、振込指定についても基本的に妥当するものと考えられる。

しかし、本件振込依頼書による振込指定は、元来原告の本件請負代金確保を目的としたものではなく、かえって、被告の融資に当たっての必要から被告によって設けられたものであること、被告は、本件振込依頼書を承諾したからといって、これに法的に拘束されるものではなく、補助参加人の口座に融資実行しても、融資は有効であること、被告は、原告の債権確保のために振込指定に応じることを原告に対して承諾しておらず、振込指定に反すると、原告に損害が生じることを認めるに足りる証拠はないこと、その他前記認定事実を併せ考慮すると、被告が補助参加人の口座に振込送金したことが、原告に対して不法行為になるとはいえない。

第四結び

よって、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 大藤敏)

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